同時代を生きるアーティスト、ミュージシャン、シェフ、建築家、デザイナーと共に同じ目線でこのSRという場所から様々なカルチャーを発信していくなかで、自分たちが「着たい、聴きたい、食べたい、使いたい」を形にするプロジェクトの第一弾として、SR Coffee Roaster & BarのTシャツ企画に参加してくれた4人のアーティストのうちの一人であるMINORI OGAさんに、絵を描き始めた経緯と都市におけるアートとの距離感についてお話しさせてもらった。
店頭ではTシャツを販売するほか、彼女が今回の制作でデザインした原画を含むオイルスティック画を2021年7月30日より8月30日までの1ヶ月間、SR店内にて展示する。
Interviewer : Jun Kuramoto ( 以下 J ), Wataru Kato ( 以下 W )
J:美術を志したのはいつでしたか?
O:高校2年生の時です。美術の先生がスプレー缶でシューって看板をつくっているのを見て、どうやったらあんなに楽しげな大人になれるんだろうって通った大学を聞いたんです。そしたら東京藝術大学の工芸科だと言うので、私も美術受験予備校に通い始めて。
父が建築をやっていた関係で、家には洋書や美術書が溢れていたし、ヨーロッパを周遊する父の仕事にもついて行ったことがあって。全く違う世界で変な人をたくさん見て、もっと自由でいいんだって思った反面、全然勉強に身が入らず、普通の大学に行ける気がしなかったので、 芸大の学園祭に遊びに行ったんです。そうしたら変な大人達が愉しげにお酒を飲んでいて、やっぱりここだ!と思って入りました(笑)。
J:早くに外の世界を覗けた影響は大きかったようですね。通っていた予備校やキャンパスでの生活はいかがでしたか?
O:予備校は、朝から晩までひたすらデッサンの毎日で、見たモノを正しく自然に描く訓練をしていました。大学1年目は茨城県の取手キャンパスだったので、田舎で一人暮らしを始めてみんなでずっと遊んでいました(笑)。
J:東京藝術大学では何を専門に勉強されていたのでしょうか?
O:工芸科の鍛金、彫金、鋳金、染織、漆芸、陶芸という6つの専攻から漆芸を選びました。鉄とかガラスって、もう世界中で表現し尽くされた感じがあったけど、漆って日本とアジアにしかないから、まだ可能性があるかもって。なので2年目に上野キャンパスへ移ってからは、ひたすら漆を塗る日々でした。
J:伝統工芸って漠然と大変そうな印象ですが、漆芸はしっくりきましたか?どのようなデザイン工程なのでしょうか?
O:うーん......。毎日コツコツやるのがあまり自分の性格に合ってないと薄っすら思っていたのですが、そのまま大学院まで進んでしまって。ただ、立体をつくるのは得意だったので、粘土で立体をつくり、型をとって石膏に置き換え、それに乾漆という技法で麻布を貼り合わせて、その上に何度も何度も漆を塗って光沢を出していくんですが、それがもう大変で......。
これ以上しゃべると漆をディスってるみたいになるので、やめておきます(笑)
J:卒業後は?
O:フォトスタジオとかでアルバイトしながら、グラフィックの仕事をしていました。
途中でスタジオは辞めて、グラフィックの仕事を続けながら結婚して子どもを産んで。それからはあっという間の10年でした。
J:主婦生活のなかで、アーティスト活動はされていましたか?
O:年に一度はグループ展や作品展に出ていたのですが、子育てで時間がないなかで窒息しそうになりながらも、何とかアウトプットする方法を模索していました。漆から離れてはいけない気がして、金継ぎもやりました。2人目が生まれてからは、何とか保育園に入れることができたので、ようやく掴んだ自分の時間をどう使おうかと考えた末、絵を描くことにしたんです。
J:絵を描くことの原動力は何でしたか?
O:日々の抑圧されたエネルギーから自分を瞬間的に表現したかったんです。
昔から絵を描くことが好きだったし、これまで漆で積み上げてきたものへの反動かもしれません。
漆は集中力と時間を要するし、素材も固まってしまうので生活環境に合わなかったのですが、絵なら子どもがいない隙にバッと描けるし、年齢的にもこのままの人生でいいのかと思っていたので、子どもに親の背中を見せる最後のチャンスだと思って(笑)。
J:作品のタッチが独特ですが、どんな素材で描かれているのでしょうか?
O:Oil Stickで描いています。10年ぐらい前にAlexander McQueenが亡くなったじゃないですか。
その後に、ニューヨークのメトロポリタン美術館で彼の回顧展があって、どうしてもそれが観たくて行ったんです。その時にDia:Beaconという美術館でRichard Serraの巨大な鉄の作品を観て、その後メトロポリタン美術館に行ったら、今度はAlexander McQueenの隣でRichard Serraのドローイング展をやっていて、それがめちゃくちゃカッコ良くて。帰りに寄ったミュージアム・ショップでRichard Serraが使用したというクレヨンを見つけて、「これ、本当に彼のと同じ?」って店員に聞いて買ったんです(笑)。
J:道具って大事ですよね。クリエーションの行方を握る比重も大きいですし。
O:フランスのSENNELIER(セヌリエ)っていう画材屋さんでしか手に入らない代物だったので、パリに行く友人に懇願してたくさん買ってきてもらっていました。後々調べたら、昔ピカソが油絵の具を棒状にしてくれってSENNELIERにつくらせた素敵なアイテムだったんです! それを使ってめちゃくちゃに絵を描くっていうのが私のなかで最高にツボで(笑)。
J:描いている途中はどんなことを考えていますか?
O:30秒ぐらいで無心になって描くので、その前に想像は膨らませています。SRの場合は、 テーマとしてコーヒーがあったし、お店の雰囲気を見ながらいくつか課題を設けて描きました。目と鼻と口を描くだけで急に愛着が湧くところも面白いなと思っていて。
W:いいものを伝えるというところで、SRとして何か発信できたらとずっと思っていたんです。
ただコーヒー屋としてコーヒーを提供するだけじゃない何かを一緒に表現できる仲間を、このSRという場所を通して増やしていきたくて。それでTシャツのデザイン以外に、 ここで展示してもらえないかと思って。
J:内装としてインストールされたままの作品ではなくて、それが日々変わっていくことで作品と常にフレッシュに関われる。直接ギャラリーに出向くのではなく、コーヒーを飲みに行った先で作品に出会えるというのは面白いレイヤーだと思うのですが、アーティストとしてはどうでしょうか?
O:本気で自分の名前を出して絵を発表したのは去年が始めてだったのですが、それで今回のTシャツのお話をいただいたんです。結構バタバタだったので、Instagramを見て素敵なお店とは思いながらも、赴く間もなく絵を描き始めてしまって。
でも実際に訪れたら、ちょっとダンボールが積んであってもノイズの映える絶妙にオシャレなお店だなって。そこでコーヒーを頼んで、その空気を一日纏って過ごせたら素敵だし、ここで展示したいって素直に思えて。ギャラリー以外でも絵の価値を上げていける場所があると感じたし、絵を囲んで楽しい体験をみんなで共有できたら、それが一番かもって。
W:そう言ってもらえるのは本当に光栄というか、嬉しいです!
O:SRのコーヒーのことだけを想って描いた絵が部屋に散在していて、これどうしよう、顔が描いてあるだけに命が宿ってしまっているし、神社にでも持って行って埋葬しようかと思っていたので、展示のお話をいただけて本当に良かったです。
J:ギャラリーの必要性はずっと残っていくと思いますが、同時代を生きる人たちがこの場所に通うことで生まれるコミュニケーションが重要な気がします。
O:今の気分とか、同時代の摩擦みたいなものを共有することがアートとの距離を縮めてくれるというか。そういう意味では、 SRがこうした企画を発信し続けることで、街とアートとの距離が近くなるといいですよね。
W:展示するので来てくださいっていうよりは、ここに来たら楽しいからおいでよ!っていうところで共感してくれるアーティストさんと一緒に空間をつくっていきたいんです。
コーヒーも一緒で、どうせ楽しい空間があるなら、美味しいコーヒーがあった方がいいよねと思って表現させてもらっているので。
O:今まではただの主婦だったけど(笑)、この一年で少しずつアーティストの友人が増えてきたんです。絵を描き始めたらみんなが認識してくれて、展示に遊びに来てくれる。そういう人たちにもこの場所を知ってもらって、輪が広がるといいですよね。
W:そういう意味では、一度は滝ケ原にも行ってもらいたいです。
石川県小松市に ある山の麓で若い人たちが住みながら、農業を中心にカフェやホステルをやっているんで す。蔵の中をナチュラルワインのバーに改装していて、そこがまた最高なんです。滝ケ原でもぜひ展示して欲しくて。これは個人的な願望ですが(笑)
O:ナチュラルワイン気になります(笑)。一人でいろんなところに行ってみたいとは思っているんです。地方は単純に楽しいし、刺激も多いので。この間も福岡で展示をして、自由を満喫してきて。
W:地方展開は僕も考えているんです。北海道の苫小牧出身なので、その周辺資源を存分に楽しめるような場所をつくりたいと思っていて。東京の一極集中も飽和状態だし、むしろ地方のよいものを発掘したくて。みんなが遊びに行ける場所をつくって、自分も東京と行き来できたら最高だなと。
J:そうやって地方展開しているうちに、また漆を志す時が来るかもしれないですね。
O:まだ時期尚早ですね。
おばさんになって、もっと忍耐力がついた頃に(笑)。でも、漆って本当に綺麗なので、絵の中に漆を混ぜた表現ができたらいいなって思っているんです。見ているだけで吸い込まれるような黒なので。6年間も勉強したし、道具も揃っているので、いつかまた出会えるとは思っています。
J:他には何かやりたいことってありますか?
O:ワインのエチケットを描いてみたいです。日本酒でもいいんですけど。もうわかっているとは思いますが、私、お酒が好きなので(笑)。
SRさんのTシャツもそうですけど、自分が描いたものを着ている人が街を歩いているのを見たら興奮するだろうし、自分が描いたエチケットのお酒を飲んでいる人を旅行先なんかで見たら、もう泣いてしまうかも。
J:やっぱりこのお店としては、SRがいいと思えるモノをいろんなジャンルを跨いで集まった人たちと一緒に発信していけたらいいですよね。
O:お店もアートと同じで、オーナーの個性が見えた方が好きになれると思うんです。
ただ人に受けるためによしとされることを広げるより、ダサくてもストイックに個人の好きを追求している場所に人って集まると思っていて。それがお店をつくる上で一番大事なポイントだし、その始めの一歩としてここで展示できることが嬉しいです。
W:世の中には自動販売機やコンビニなどでいろんなコーヒーがあるけど、全部が美味しくなければいけないわけではなくて。その時々に応じたシーンに対応しているもので。たかがコーヒー、されどコーヒーだなと。
SRに来てコーヒーを買う人の意義としては、味だけじゃなくて、その先にある状況のところまで突き詰めていきたいですね。そのコーヒーが美味しければ尚良し。その自信はもっています。あとはアートとか音楽を楽しんでもらえれば!
(プロフィール)
MINORI OGA|オーガミノリ 1982年生まれ。東京都出身。2006年東京藝術大学大学院漆芸専攻修了。卒業後、漆作 家としてオブジェやヘアーピースなどの装飾物を手がけてきましたが、環境と心境の変化から2017年より絵を描き始める。